始めに
※本記事は解夏傀儡/彼ハ誰ノ彼岸について重大なネタバレを含みます。
2024年5月5日の子供の日に解夏傀儡・エンダーエンダー合同のリリースイベントが開催されます。(どんなつもりでこの日にしたんだ)
朗読会を前にシナリオについて少しでも整理しておきたいな、と思い立った記事になります。
ブログ?を作るのも初めてなので読みにくいと思いますが許してね。
完成してから改めて読んでみると本当に読みにくいです、ごめんなさい。
多少調べて書いていますが、にわか知識なんでツッコミどころがありましたらコメントでご指摘ください。
一通りドラマCDを聴いている事を前提に話を進めています。
作中で明確な答えが出ていない場合も多く、想像する他ない事柄もあるため、筆者が受け止めた解夏傀儡/彼ハ誰ノ彼岸は本記事の内容だった、との認識でお願いします。
登場人物紹介
村に古くから続く旧家の娘だが、両親とは数年前に死別。
まだあどけなさが残っている素直で優しい性格。
山を越えた町の高校に通っているが、
卒業後は村を出て都会に進学したい。
高校生
綾子と華子の従姉妹。
特に綾子とは昔から仲が良い。
面倒見がよく、なにかと咲分姉妹を気にかけている。
綾子の妹
原因不明の衰弱により村の病院に長期入院していた。
以前は明るい性格だったが、療養から戻ってからは別人のように物静かになる。
村の病院で療養しているという謎の少女
街から来たというが………
明るい性格でかつての華子に言動が似ており、綾子に懐く。
村はずれにある病院に勤務している村で唯一の医師
村長の娘
物語冒頭、村の案内役として民俗学者の飯田と行動を共にしている。
熱心な民族学者
現地調査のために村を訪れる。
千代と飯田についてはドラマCDのキャスト紹介欄にて名前を確認出来ます。
以降の本文中では全て役名で呼称します。
※本格的にネタバレが始まりますのでご注意ください
ストーリー
公式のあらすじとしては
療養から帰った妹は、別人のようになっていた…。
旧い因習が染みついた土地で起こる、仄暗い物語。
となっています。
とある山奥の村での土着の信仰、それにまつわる儀式、ホラーでよくある題材ですね。
すごく大雑把にシナリオを要約すると
長期入院から戻って来た妹の体が悪霊が乗っ取られていて、その悪霊を守り神だと信じる村人たち、及び悪霊に殺されそうになるが、色んな手助けがあって主人公にすごい力が目覚めて、悪霊を除霊して村に平和が訪れる。
って感じでしょうか。これだけみるとハッピーエンドっぽいですね?
実際は誰も幸せになっていませんが。
次から詳しく時系列順に起こった出来事を見ていきましょう。
わからないワードがたくさん出てくると思いますが後から個別に解説していきます。
時系列
魂憑きである咲分綾子と宗片美穂が産まれる(それぞれ時期は不明
綾子の中のカクロウ様の力が強まり、人としての綾子本来の魂が消滅
人としての魂が消滅したことにより、体も衰弱し死亡、カクロウ様の魂も消えかける
先代の石戸が人と人の魂憑きであった美穂に魂割りの儀を行い、綾子を蘇生する
しばらく後、魂憑きである咲分華子が産まれる
本編の数年前まで何事もなく過ごす
咲分姉妹の両親が他界(死因は不明だが同時に亡くなっている様子から事故?)
両親が亡くなった咲分姉妹を、村全体が家族であるかのように面倒を見る
この頃に一度綾子が体調を崩す、綾子本人は両親が亡くなったことによる心身の不調だと考えていたが、一度消えかけたカクロウ様が力を取り戻し始めていることに起因すると思われる
本編の数か月前、プロローグ直前に華子が石戸命の管理する病院へ入院(経緯不明)
入院中、華子は人格が入れ替わる2重人格の状態であった(命の日記より
魂憑きである華子に宿る精霊の力により、華子が激しく衰弱
一刻も早く魂割りの儀を行うためどんな手段を使ってか、儀式で使用する魂の器である新わかばの遺体が用意される
プロローグ
命が魂割りの儀を行い華子の中に精霊を残し、器であるわかばの遺体に華子であった魂を移すことに成功(ここで命は初めて魂を目にした様子である)
命は華子の中にいるものがカクロウ様であると信じ、儀式で村が救われると思っていた
衰弱していた華子の体と一度死んでいたわかばの体を回復させるためか、数か月入院させ面会謝絶状態へ
予兆
華子が退院、わかばは入院継続
戻って来た華子の様子に綾子たちは違和感を覚える
時期を同じくして民俗学者の飯田が村に訪れ、村長の娘である千代に案内されている
オムライスに異様な執着を見せる華子
村人たちからカクロウ様と崇められ、供え物や信仰を自分だけに捧げるならば村の守り神になってもいいと言う華子
華子を見て『ちょっと違う』と言いつつ『まぁいっか』とお祭り騒ぎを優先する千代
異変
しばらく時間がたち
華子が療養から戻ってから村にいるカラスが増えた
村人の中で毎日病気になったりけがをする人が出ている
綾子も顔色が悪く、体調も悪い
わかばが病院を抜け出して華子に会いに来る
友達と認識したわかばに対する情動が激しい華子、わかばは自分だけの宝物であり誰にも渡さないと狂気を見せるとカラスが集まってくる
綾子の中のカクロウ様が目覚め、一時的にその場を治めるが綾子が倒れ数日寝込む
千代が飯田に村や石戸家の秘密をバラす
儀式を見たいがために行動を始める飯田
時を前後し、命の日記や儀式について書かれた本などを見つけ、村の秘密と自分たちの死亡診断書を目の当たりにしてしまう綾子とわかば
儀式
華子の指示で村人に殺されそうになる美穂と綾子だったが
「追いかけっこの合図だよ~!逃げろ逃げろー」と花火でふざける愉快犯(千代)のおかげで一時的に逃れる綾子達
飯田も儀式見たさで綾子たちを手助けする
こんな目にあってもみんなを助けたいとの思いで儀式を受け入れる綾子
祭儀場で超能力バトル開幕
呪いでみんなに攻撃する華子
ここで綾子がカクロウ様に人格交代せず、人の人格のままカクロウ様のような力を使い華子を抑え皆を守る
命が儀式を実行し、綾子から人の魂を引きはがす
みんなを大好きだと言う綾子に対し、みんなを呪うと叫ぶ華子
カクロウ様に祓われる華子と、華子の傍に、みんなの傍にいると言い消えていく綾子
エピローグ
村を出て街へ行くわかば
カクロウ様の人格になった綾子
綾子(人格)が変わってしまっても綾子の傍にいようとする美穂
そんな綾子に敬語で話す、よそよそしい態度のわかば
せめてもの手向けとわかばに手彫りの人形を渡すカクロウ様
人形に綾子の魂があると信じるわかば
これからもずっとお姉ちゃんと一緒であるとのわかばの独白でEND
人物詳細
本作の主人公と言えるだろう。
魂憑きとして産まれ、身に宿すカクロウ様の力が強まった事で幼少期に一度死亡。
その時点で綾子本来の魂は消滅し、美穂の魂割りの儀によって蘇る。
※美穂との魂割りの儀を行った時期についてですが、物語中ではっきりここ!と明言はされておらず、両親との死別の時期と幼少期で少し判断に迷いましたが、
1,両親を亡くした時期が本編の数年前と言及されていること
2,美穂と綾子に正確な儀式の記憶が無いこと
3,綾子が記憶喪失になったといった描写が無いこと
数年前に綾子の魂が入れ替わったとすれば、流石に美穂もはっきり記憶があるでしょうし、儀式後のわかばの状態からして綾子に儀式前の記憶があるとは思えません。
以上の事から幼少期に儀式が行われたことと推定しています。
綾子は物語開始時点で美穂の魂の片割れを宿しつつ、カクロウ様の魂も宿していることになります。オムライスが得意料理で華子によく作ってあげていた綾子。
華子(精霊)に触発されてか、綾子の中のカクロウ様が再び目覚めてしまう。
美穂やわかば、村人たちを救うため自分が犠牲になり、華子(精霊)と共に消えることを決意。
命による魂割りの儀により魂が分けられ、綾子の肉体にカクロウ様が残った。
綾子の肉体に宿っていた美穂の魂の片割れは彫木りの人形に納められ、本来の華子の魂を宿すわかばに手渡され、物語は幕を閉じる。
咲分綾子(カクロウ様)
古い言い回しを多用する、言葉遣いから浮世離れしている超常的な存在。
華子(精霊)を祓った事で村を救っており、村人や命が信仰するカクロウ様と呼ばれる存在そのものだと思われる。
綾子の魂や村を出るわかばに気遣いを見せるなど善なる存在に見える。
ただしこのカクロウ様の存在により、何の罪もない綾子の元々の魂は消滅、美穂から分けられた魂の片割れも結果的に体から離れることになっている。
村を救った、という点では正しく守り神だが、2つの罪無き魂を犠牲に成り立っている存在である。
特に本来の綾子の魂は消滅したと言われているため、他の死亡した人間の魂とは違い人形に宿らず、転生も出来ないと思われる。
宗片美穂
人と人の魂憑きとして産まれ、幼少期に綾子が死亡した際、魂割りの儀によって自身の魂を割り、片方を分け与えることによって綾子を蘇らせた。儀式後の綾子と美穂は魂の双子、魂の片割れと言える。
本編中においては、咲分姉妹を特別大事に想っている幼馴染、歳の近いお姉さんといった印象。詳しい事情もわからぬまま騒動に巻き込まれているが、最後まで綾子の事を想って行動している。
綾子や美穂の言動から宗片家の両親は健在だと思われるが、作中での登場は無し。
華子とわかばがそうであったように、特に綾子と仲が良いとの描写がある。これは元々同じ体を共有していた魂同士が惹かれ合っているとも考えられるが、狭い村で年が近い同性となると仲が良いのも当たり前といえば当たり前かも。
華子が戻ってくる直前、綾子と美穂の何気ない会話で「綾子が別人みたいになっても受け入れる、どんなになっても綾子は綾子」との発言をしている。エピローグにおいて完全にカクロウ様の人格となってしまった綾子に対して、代わる前と、以前と同じように接している。
『綾子のこと、放っておけないから、ずっと傍にいようって決めたの』
これから先、カクロウ様・村の守り神と呼ばれ村人から崇められ、人とは違うものと扱われる綾子の傍に、従姉妹として、親友として、美穂が傍に居続けるのでしょう。
咲分華子
魂憑きとして産まれ、当初はわかばのような天真爛漫な性格であった。
精霊の力が強まった事で命の病院へ入院するも魂割りの儀でしか助かる術がなく、わかばの遺体に人としての魂を移す事で快復する。また、儀式が成功した際、子供のような声が聞こえている?
退院してからはかなり口数が少なくなっているが、子供とは思えない言葉遣いが見受けられる。
村人からの懇願で村の守り神となることを了承するが、供物や信仰を自分だけに捧げる事を条件とする。
人を傷つけたことで綾子(カクロウ様)に祓われ、体を生かす魂が無くなった事で華子の肉体は死亡したと思われます。
咲分華子(精霊)
命の説明によると魂憑きは、人、精霊、神霊、守り神、カクロウ様と呼ばれる存在を宿すとされているが、華子に宿っているのはどう考えても悪霊の類である。
綾子(カクロウ様)に「ジャキ」と呼ばれていた。
邪鬼とは祟りをする神,物の怪(もののけ)などの総称 又は害をなす鬼
邪気とは人に害を与えようとする心、悪意。
食べ物に対する異常な執着、初めての友人に対する独占欲などから餓鬼、水子などが考えられる。
もしくは本来カクロウ様のような存在であったものが、人に忘れられ、供物や信者が途絶え、祟り神に変容した存在なのかもしれません。
新わかば
かわいい
プロローグ時点で死亡しており、華子の魂を移されることによって蘇生します。
街から来たこの村にとって新しい存在であり、村人(華子)の魂を受け継いだ若葉であることが名前の由来であると思われます。
華子のシンプルな衣装と違ってかなりおしゃれな服を着ており、帽子やアクセサリー、ブローチなどを身に着けています。時代背景から考えるとかなりのお嬢様ではないかと思います。撮影のための誇張と言われたらそれまでですが。
普段の育ちゃんそのままといった性格のキャラクターですが、これは本来華子の性格であるとのことですから、桃子が育ちゃんのように天真爛漫さ全開で懐いてくれたり甘えて瑞希やこのみさんに「お姉ちゃん」と言ってくれるシーンが回想でもあったらすごく嬉しかったですね、いやなんでないんだよ
綾子にとても懐いていたわかばですが、カクロウ様となってしまった綾子にはよそよそしく敬語で接しています。美穂とは対照的ですね。
独り街へと戻ることになったわかば、カクロウ様から餞別としてもらった木彫りの人形に姉の存在を感じ「ずっと一緒だよ、お姉ちゃん」と言って物語は幕を閉じます。
綾子は最期「これからは華子とずっと一緒だよ」と「ずっとみんなの傍にいるよ」と言って消えていきました。
この村では死んだ人間の魂は一時的に人形に収められると信じられています。また、弱ったカクロウ様と美穂からもらった魂が、長年綾子の中で同時に存在していた前例があります。そして華子の本来の魂はわかばの中にあります。
出されている情報はあまりに少ないですが、祓われた精霊と綾子だった魂が一緒に人形に眠っているとすれば、2人の魂が眠る人形と、本来の華子の魂を宿すわかばがずっと一緒にいることになります。
美穂の項目で触れたように綾子の体はこれから先、美穂の傍で生き続けます。
これが、綾子が言った「みんなの傍に居る」の答えだったのではないでしょうか。
あるいは、自分を犠牲にした善行によりいつの日か、カクロウ様として村を守る存在になるという示唆なのかもしれません。
石戸命
善意のお医者様、兼祭祀様。
他の村人たちと同様にカクロウ様を敬い、村に救いを齎してくれる存在だと思っているようだが、華子の中の存在は違うものだと理解し、綾子たちを助けてくれる。
華子とわかばの魂割りの儀で初めて魂をみている様子から、最近代替わりしたものと思われる。
どこからか新鮮なわかばちゃんのご遺体を用意してくるなど、本編中では語られていないような裏の話がまだまだありそう。
わかばの蘇生後、親族友人は誰一人としてわかばのお見舞いなどに来ていないと言っているが、エピローグで命の車で街の家族の元へ向かう様子から、どのような話のつけ方をしているか非常に気になるところである。
死ぬ寸前の、死んだとばかり思っていた人間が、数か月後に元気になって(記憶を失い性格が変わってはいるが)戻ってくる奇跡の村、もしくは大金を積むことで死んだばかりの家族を生き返らせてくれる医者、とでも一部界隈で有名な都市伝説になっていたりするのでしょうか。
千代
村長の娘。
正直この子が一番なんなのかわかりません。
他の村人と違い、一目で華子の中にいる存在が守り神ではないと見破り、その上で「まぁいっか」と華子の快気祝いで騒ぐことを優先する。
物語終盤、村人たちに殺されそうになっていた綾子と美穂を救う。
飯田に村の秘密を垂れ流し、結果として綾子たちに手を貸すよう仕向け、悪霊から村を救い、カクロウ様を降臨させる。
明らかに普通の存在ではないが最後まで正体不明のままである。
村長や他の村人の態度からして、普通の娘として扱われている様子なので、物語開始以前に魂割りの儀でカクロウ様を宿した存在、というわけでもないはずです。
なんなん?
千代という言葉は、1000年。また抽象的に、大変長い年月のことを言うそうです。
また千代紙とは、紙になど種々のを色刷りにしたもの。の表張りや紙人形のなどに用いるものを言うそうです。
千代自身を千代紙で覆った人形と捉え、作品タイトルの傀儡をつなげて考えるならば、彼女も人とは違った、長い年月の果てに生まれた何かを宿した存在であるのかもしれません。
飯田
ミリオン大学の民俗学者さんだそうです。
本編中では綾子たちを手助けする役ですが、倫理観が欠如し知識欲を優先しているような言動をしており、あの場で綾子や美穂が死ぬ事で儀式を見ることが出来ていたならば、逆の事をしていた気がします。
用語紹介
カクロウ様
精霊・神霊・守り神とも呼ばれる(命談
隠らふ・隠らう・隠れるからきている言葉ではないかと作中で言及あり(飯田氏談
貴人や目上の人間が落命した際、お隠れになるといった表現をする事から、元は亡くなった尊むべき貴人をさす言葉ではないでしょうか。
作中の村において、亡くなった人間の魂は一時的に人形に宿り、村の女性が新たな命を授かった際にお腹の子へ宿るとされており、今を生きる村人全員が先祖の魂を宿した存在であること、村長や多くの村民がカクロウ様を特別な存在として扱っていることから、単にご先祖様の言い換えではなく、別の存在であると思われます。
仏教に「捨身飼虎」といった有名な物語があり、内容を乱暴にまとめると『自己犠牲の果て、命すら捧げ他人を救った存在が来世で神となった話』です。
正に今回の綾子の行動そのものと言えますね。
過去に同様の行いをした魂がカクロウ様と呼ばれ、村人の信仰心で力を付け、超常的な力を行使出来るようになった末が、エピローグで綾子の中にいる存在であるのかもしれません。
たまつき
正しい漢字は不明ですが魂憑きがそれっぽいですね。
作中の命の発言を意訳で引用しますが、
たまつきとは、一つの体に、複数の魂を宿している人間の事
この村では死んだ人間の魂は人形に一時的に収められ、新たな命に宿るまで眠りにつくと信じられている
極まれに死んだ人間の魂が2つ宿った子が生まれ、それがたまつきと呼ばれる
しかし、たまつきに宿る魂は人間だけとは限らない
精霊、神霊、守り神、カクロウ様と呼ばれる存在を宿す可能性がある
精霊の強すぎる力はたまつきの本来の魂と体を蝕ばむ(必ずそうなるかは不明)
つまり、たまつきには2種類あり、
人と人の組み合わせ、人とその他の組み合わせが存在するようです。
綾子が人とカクロウ様
美穂が人と人
華子が人と精霊
それぞれこの組み合わせのたまつきであったと思われます。
たまつきとした生まれた者の片方の魂は必ず押し出される運命にある、といった意味の魂突きも言葉遊び的に含んでいるのかもしれません。
たまつきであるか否かは検査でわかるようです(命談
これはCDのジャッケットイラストですが、
美穂の魂を赤い彼岸花
華子の魂を黄色い彼岸花
カクロウ様の魂を白い彼岸花
それぞれ当てはめて見ることが出来ます。
綺麗な美穂の赤い彼岸花、半ばから折れた(カクロウ様が折った)綾子の赤い彼岸花
現実における白い彼岸花は赤と黄色の彼岸花を掛け合わせて出来た物と言われているそうです。
綾子の元の魂は恐らく華子と同じ黄色、そして美穂からもらった赤い彼岸花、どちらも犠牲にしたカクロウ様の魂が白い彼岸花ということなんでしょう。
たまわりのぎ
こちらの漢字は恐らく魂割りの儀で良いでしょう。
魂割りの儀は魂憑きの魂を割り、片方の魂を器に収める儀式である(命談
儀式によってカクロウ様が降臨し、死んだ者が生き返る奇跡を賜る
カクロウ様からの賜りの儀という意味もあるように思えます。
ここで2つの疑問が生じます。
①人以外の魂を器に移動出来ないのか?
②なぜ美穂の体に綾子の魂を移せなかったのか?
綾子・華子のどちらも人の魂側を移動させており、カクロウ様と精霊はそのままの体に居座っています。
また、本編中で美穂の体に綾子の魂を再度移す事は出来ないと命に断られています。
詳しい説明がないため想像になりますが、
人の力では人知の及ばない存在には干渉出来ない。
解夏傀儡の歌詞にあるように魂は空蝉、空の器にしか入れない。
といったところでしょうか。
しかし、幼少期に綾子が死亡したタイミングではカクロウ様が体に残っているはずですが、空でない綾子の遺体に美穂の魂の片割れを移しています。カクロウ様が消える寸前まで弱っていたから出来たのでしょうか?
実際のところは分かりません。
この儀式によって本来の華子の魂を与えられ、蘇ったわかばちゃんですが、作中で言及されていたように以前の記憶を失っています。綾子と接するうちに華子であった時の感覚を思い出しているようですが、そんな気がする程度のもののようです。
以下はWikipediaなどからの引用を含みます
咲分(さきわけ)
一株の中に様々な色の花が咲くこと。同一の株の草木に異なった色の花が咲くこと。
咲分綾子、華子姉妹に人とは異なる色の花(魂)が咲いていることを意味していると思われます。
咲分家は代々、人とは違った存在を宿す魂憑きの家系とも読み取れます。
カクロウ様を宿している、将来の子が宿す可能性が高い家系だから、両親が亡くなった咲分姉妹の面倒を村全体で見ていたと考えると少し悲しくもあります。
宗片(むなかた)
宗の一文字で
1、ある宗教を奉じている信者の一団。
2、祖先を祭るところ。
3、根本とするもの。おおもと。
片の一文字で
一対のもの、二つで一組の一方。
この村の信仰における祖先とは即ち自分たち自身の魂です。
二つで一組の根本である家系とすれば、宗方家は人の魂を二つ宿す魂憑きの家系であり、綾子やわかばのように何らかの理由で死亡した者を魂割りの儀で救い続けてきた一族なのかもしれません。
余談ですが植物の接ぎ木をする際の根元部分となる木を台木、台木に根付かせる傷の無いきれいな新しい枝の部分を接ぎ穂と呼ぶそうです。
魂割りの儀と重ねると、台木の部分である体が綾子、接ぎ穂を美穂の魂の片割れととらえることが出来ます。美穂の名前の由来として考えられますね。
石戸(いしと)
真っ先に思いつくのは天岩戸、次点で黄泉比良坂の二つの物語でしょうか。
天岩戸は岩屋に引き篭もった天照大御神さまを外に出そうとする物語
黄泉比良坂は同時に生まれた存在であるイザナギとイザナミの物語、イザナミが死んだことにより黄泉の国まで追いかけたイザナギが、変わり果て黄泉の国の住人となったイザナミの姿を見て恐れおののき現世へ向かって逃げ、怒ったイザナミに追いかけられた末に、イザナミが現世へ出て来れないよう、黄泉と現世の通い路である黄泉比良坂をイザナギがめっちゃでかい岩を使って塞いじゃうお話です。
守り神であるカクロウ様を現世へ顕現させる役目を負っているともいえる石戸家、一度死んだ者を魂割りの儀によって蘇らせ、現世と黄泉を行き来させる石戸となっているともとれます。(死ぬ前と生き返った後で魂は別ではありますが)
なんで岩戸じゃないんだ?というと、お医者さんの医師と石の言葉遊びでしょうね。
カラス・烏
華子が療養から戻って来た後、怪我人や病人が増えると同時に村に増え始めたカラス。
黒一色の見た目、ゴミや生き物の死骸に群がる様子から不吉の象徴としてのイメージが強いカラスですが、“あの世とこの世をつなぐ神聖な存在”として扱われたり、日本神話においては天照大御神様の使いである八咫烏。ギリシャ神話においてもカラスは太陽神アポロンの使いとして登場します。地域によってはカラスそのものを太陽の化身とする事も有ります。
一方、日本の伝承において”死を運ぶもの””カラスが来ると人が死ぬ”など明確に不吉とするものも有り、正直どっちで捉えたらよいかわかりませんね。
本編中でカラスが増え始めた時期ですが、実は綾子の体調が悪くなり始め、綾子の中のカクロウ様が目覚めているタイミングでもあります。
解夏(げげ)傀儡(かいらい)
仏教用語であり、陰暦七月一五日に夏安居(げあんご)を解くこと
夏安吾とは
夏の期間、外出せずに一所にこもって修行すること
傀儡とは
操り人形、くぐつ、でく、パペット、マリオネット。
何者かの手先となり思いのままに使われる者。
体調を崩して数か月間入院後、人とは別の存在に体を明け渡して帰って来た華子
一度死んだ後、別人(本来の華子)の魂を入れられ、数か月の時を経て街へ戻って行ったわかば
1度死亡し本来の魂は消滅、美穂との魂割りの儀で美穂の魂の片割れとなり成長。本編終盤で美穂やわかば、自分たちを殺そうとした村人、果ては華子の中にいる精霊さえも救おうとし、最後はカクロウ様に体を明け渡した綾子
解夏傀儡とは、彼女たち3人を指す言葉であるのかもしれません。
彼ハ誰ノ彼岸(かわたれのひがん)
彼は誰(かわたれ)とは
一日のうち明け方頃のまだ薄暗く、あの人は誰かと判断しかねる状態、時間帯である。彼誰時、彼者誰時とも表記し、彼は誰時(かわたれどき)ともいう。
彼岸(ひがん)とは
仏教用語で理想の境地を彼岸という。生死輪廻する現世を此岸とし、煩悩を解脱した涅槃の境地をいう。
一般には漠然と死後の世界、この世とは別の場所、極楽浄土、または地獄をさす。
日本の雑節の一つで、春分・秋分を中日(ちゅうにち)とし、前後各3日を合わせた各7日間(1年で計14日間)である。この期間に行う仏事を彼岸会(ひがんえ)と呼ぶ。
昼夜・東西が平行になるお彼岸の時期には、「あの世」への門が開くといわれてきた。現在ではこのように仏教行事として説明される場合が多い。
彼岸という言葉は、豊作を太陽に祈願する太陽信仰の言葉の「日の願い」が、「日願(ひがん)」として、仏教語の「彼岸」と後から結びついたものであるとする民族学者もいる。
石戸の項目でも触れた天岩戸の天照大御神様は太陽神でもあります。
本編中が解夏の時期(7月下旬~9月上旬)だとすると、プロローグは本編の数か月前と考えられますので、お彼岸の時期(3月中旬)と一致します。
あの世への門が開く時期に石戸が連れてきた(石戸から出てきた)誰だかはっきりとわからない存在に、村の守り神となって欲しいと村人たちが日願する。
最終的に名前もはっきりとしないまま華子の中の精霊がカクロウ様により祓われ、彼岸へと送られる。それに付き添い、綾子の中にいた本来の綾子ではない、美穂の魂の片割れである名前を持たない魂が彼岸へと渡る。
これが彼ハ誰ノ彼岸という物語であったと思います。
最後に
全然整理出来てない気しかしませんが、最後までお読みいただき、ありがとうございました!
ぶっちゃけなんでもこじつけようと思えば出来ちゃうので、これが正解!とは思っていません。
本当は解夏傀儡の歌詞についても触れようと思ったのですが、疲れちゃってェ…
かもめかもめで半分こ
はにほへと さぁ歌いましょう の部分とか
まだら模様の曼荼羅へ
逆さ水で 身を灌いだ
あなたはきっと綺麗だから の部分とか
すごい気になって自分なりに調べたりしたんですけど満足のいく答えにたどり着けなかったというのもあり、この記事で触れるのは止めておきます。
いやぁこういう作品のシナリオだったり歌詞を考える人たちの頭の中ってどうなっているんでしょうか?
和風ホラーやミステリーテイストのお話大好きなので、色んなメンバーでこんな感じのお話をみてみたいなと思ったりしちゃいますね。
それでは。
ミリシタのコミュが救い